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名古屋高等裁判所 昭和56年(ラ)20号 決定 1981年8月04日

抗告人

中国レジン株式会社

右代表者

藤川徹

右訴訟代理人

加藤義則

村瀬鎮雄

富嵜良一

主文

原決定を取消し、本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

一本件抗告の趣旨とその理由は別紙抗告申立書(写)及び上申告(写)記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件債権差押・転付命令申請理由によれば、抗告人は株式会社富田に対し、昭和五五年一一月二五日から同年一二月二〇日までの間に動産であるポリラップ一万七〇〇〇本を代金一二七万六〇〇〇円で売り渡し、同額の売買代金債権を有するところ、同会社は抗告人から買受けた右商品を原決定添付の当事者目録記載の第三債務者らに転売して引渡し、転売代金債権を取得したこと、その後同会社は昭和五五年一二月二二日午後一時名古屋地方裁判所において破産宣告を受け弁護士岩田孝が破産管財人に選任されたこと、第三債務者らは破産宣告時までに株式会社富田に対し転売代金債権を支払つていない、というのである。

2  ところで抗告人は債務者たる株式会社富田に対する動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使として同会社の第三債務者らに対する転売代金債権に対し債権差押・転付命令を求めるものであるところ、民法三〇四条一項但書において先取特権者が物上代位権を行使するには金銭その他の払渡又は引渡前に差押をすることを要するものと規定した趣旨は、物上代位の目的たる債権を特定させるとともに、処分を禁止することにより第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡し、あるいは債務者において債権を取立て又は第三者に債権を譲渡する等して債権が債務者の帰属を離れ消滅するのを防止するにあると解されるから、物上代位の目的たる転売代金債権が弁済により消滅し、あるいは債権の譲渡・転付等により他に移転することなく債務者に帰属する限り先取特権者は民事執行法一九三条の定めるところに従い、他の債権者による差押、仮差押の有無にかかわらず、更にこれを差押えることは可能というべきである。

3  そこで本件について考えるに、破産宣告により債務者の一切の財産は破産財団を構成し、これに関する管理処分権は第三者たる破産管財人に専属することとなるが、これをもつて代位の目的物につき払渡、又は引渡があつたと同視することは相当でなく、特別先取特権者は破産宣告後においても代位の目的たる転売代金債権に対し別除権を有し、破産管財人を債務者として差押をなすことは許されると解すべきである。

4  しかるに動産売買の先取特権者は自己の買受人が破産宣告を受ける前に自ら転売代金債権を差押えておかない限り破産管財人を相手方として転売代金債権につき物上代位権を行使することはできないとして本件債権差押・転付命令の申請を却下した原決定は失当であり、本件抗告はその理由がある。

5  よつて原決定はこれを取り消し被担保債権等の存否について更に審理を尽さしめるため本件を原裁判所に差し戻すのを相当と認め主文のとおり決定する。

(丸山武夫 名越昭彦 木原幹郎)

〔抗告申立書〕

〔抗告の趣旨〕

原決定を取消し、更に相当な裁判を求める。

〔抗告の理由〕

一、原決定は動産売買の先取特権者が転売代金債権につき物上代位権を行使するための要件について民法三〇四条一項但書が払渡又は引渡前に差押を要するとする趣旨は代位の対象を特定することにあると同時に自己の先取特権の存在を公示しその優先権を保全することにあると解すべきこと及び破産管財人はかかる公示なしには先取特権を対抗しえない第三者に含まれると解すべきことからすると、動産売買の先取特権者は、自己の買受人が破産宣告を受ける前に自ら転売代金債権を差押さえておかない限り、破産管財人を相手方として転売代金債権につき物上代位権を行使することはできないと解するのが相当である。として本件債権差押転付命令申請を却下した。

二、しかしながら、原決定は、民法第三〇四条及び破産法第九二条の法令解釈を誤つたものであり、違法不当である。以下その理由を述べる。

三、原決定の不当性

(1) そもそも、先取特権は目的物の交換価値を他の債権者に優先して把握し、これを優先弁済に充てる権利であるから目的物が何らかの理由で金銭その他の価値代表物に変形した場合にはその価値の変形物の上に効力を及ぼすものであり、このような物上代位の制度は担保物権の価値権的性質の本質に基づくものである。

そして、動産売買の先取特権においては、債務者(買主)が目的動産を転売して取得した売却代金に対し、目的動産の価値変形物として効力を及ぼし、その場合の売却代金は目的動産と同じく被担保債権を担保するのである。物上代位権は売却と同時に売却代金に対し当然に発生するのである。

(2) ただ、物上代位権行使の要件として、民法が「払渡又ハ引渡前ニ差押ヲ為スコトヲ要ス」とした理由は目的物の特定性の保持に他ならない。すなわち目的物の価値変形物が払渡または引渡によつて債務者(買主)の財産中に混入するときは、その特定性を失い担保物権の目的たり難いので価値変形物が債務者の固有財産に混入されてしまうこととがないようにするためである(柚木、高木担保物権法二七九頁以下、我妻新訂担保物件法二八五頁以下、林注釈民法(八)一〇一頁等)判例学説中には上記差押に優先権保全目的を加え、その理由として他の一般債権者保護をあげている。かく解すると物上代位債権者は他の債権者の差押(仮差押)に先立つて差押(仮差押)をしない限り物上代位権行使は不能となる。しかし、代位物がすでに払渡、引渡されて消滅したか否かは一般に不明なことが殆どであり、代位権を行使すべき物上代位権者の存在は当然予想しうるところであり債務者の一般財産との混合がない限り物上代位権者が差押をなせばこれに優先権を与えたとしても一般債権者の保護に欠けるところはないといわざるを得ない。

(3) ところで、破産法九二条は「破産財団に属する財産の上に存する特別の先取特権、質権又は抵当権を有する者はその目的たる財産に付き別除権を有す」旨規定しており、動産売買の先取特権者はこの別除権を有することは明らかである。また、破産法上上記担保権者の別除権についても「目的たる財産」についても格別の制約はないから、動産売買の先取特権においては債務者に対する破産宣告の前後を問わず債務者が目的動産を占有していればその動産に対しまた債務者が転売した場合には物上代位により転売による代金請求権に対し当然に先取特権を有することとなり先取特権者は破産手続によらないで別除権を行使しうるのである。

(4) 動産売買の先取特権の目的物はもともと破産債権者の共同担保には属さないのである。この点判例も破産管財人が動産売買の先取特権の目的物を売却した場合、その売却代金につきその払渡又は引渡前に差押をすれば先取特権者は売却代金から優先弁済を受けられる旨(大判明治三五年七月三日民録八輯七巻九頁)、債務者(破産者、買主)が動産売買の先取特権の存する物件を被担保債権額(買売代金額)と同額に評価して当該債権者(売主)に代物弁済する行為は売買当時に比して代物弁済当時に該物件の価格が増加していないかぎり他の破産債権者を害する行為にあたらない旨(最判昭和四一年四月一四日民集第二〇巻第四号六一一頁)各判示し先取特権の目的物が、破産債権者の共同担保ではないことを明白に認めている。

(5) このように、動産売買の先取特権の目的物が破産債権者の共同担保ではないことは、該目的物が破産宣告前に転売され代金債権に変形している場合も同様である。前記のとおり代金債権は目的動産の価値変形物であるから先取特権の効力が及び(物上代位)破産後においても破産債権者の共同担保とはなり得ないものである。また、破産宣告により破産財団に属する破産者の財産に対する管理処分権能は破産管財人に専属するに至り、破産者をめぐる全財産関係は破産財団との関係に切り替えられ、債権者も個別的な権利行使を禁止され、破産手続を通じ財団からの比例的満足に甘んずべく強制される。しかしそれは、清算目的のため破産宣告により観念的に生ずる効果であつて、何ら現実の執行処分を伴うものではないからそれ以上に破産債権者の権利に消長を来すものではなく、いわば一般債権者のための観念的な一般的差押の効力が生じたにすぎないものである。(大阪高決、昭和五四年七月二七日、判例タイムズ三九八号一一〇頁以下)。またここにおいて権利の主体変動ととらえ、対抗問題とに処理することも妥当でない。従つて破産宣告の存在は物上代位権の行使の障害にはなり得ない。

破産宣告も万能ではなく、できる限り実体法上認められた権利に変更、制限を加えてはならないてとは実体法と訴訟法の交錯点として当然のことであり、先取特権者の物上代位権を実質上奪う結果となるような解釈は極力回避すべきである。

(6) 破産会社が目的物を占有し、管財人が転売した場合にその転売代金から差押を条件として、先取特権者は優先弁済を得られるのに、たまたま破産宣告前に転売されたため、破産宣告後は右転売代金から優先弁済を得られなくなるというのは、破産宣告の時期如何によつて先取特権者の担保権を左右することとなつて前者と権衡を失し余りにも不合理に帰するというべきである。破産債権者としては目的物自体が破産会社に存在していようと、その変形たる代金請求権として存在していようと、先取特権者によつて別除行を行使され、それらが共同担保の目的となり得ないことは、予め覚悟すべきであり目にみえるものと見えないものとを別異に扱う理由は何らない。このことは、動産売買の先取特権に公示手段が設けられていない以上止むを得ないところである。それに、破産宣告後右先取特権の物上代位権を奪うこととすれば、右先取特権者の犠牲のもとに破産財団が不当に利益を得ることとなり、その合理的根拠を欠くこととなろう。破産法上の債権者平等というのも、すべての債権者を平等に取扱う趣旨ではなく、特別担保権者ないし所有権者等の破産財団に対する権利を除外して、一般の破産債権者の共同担保となり得るものについて債権者を平等に取扱おうという趣旨のものであるから、本件債権者の先取特権を認めたところで債権者平等の原則に反するものではなく、また破産債権者を害するものではない。

動産売買の先取特権は、目的物が転売されたときにその目的物に対する追及効を失なつて右先取特権は消滅する代わりに転売と同時に発生するという効力がこの担保物件の本質であり、その効用は、債務者が支払不能となり破産したときにはじめて発揮することを考えた場合、破産宣告に右効力や効用を奪う力を与えたとは到底考えられないし、破産法上の根拠規定も存しない。

(7) 以上のとおり先取特権者は、その目的物の価値変形物(代金債権)が第三債務者により破産管財人に対し「払渡又は引渡」がなされ債務が完全に消滅するまでは、この物上代位権行使による差押ができ、それによつて優先弁済を受けられるものである。従つて、債権者の本件申立は理由がある。

〔上申書〕

抗告人の抗告理由は、抗告申立書に記載したとおりであるが、更に以下のとおり敷衍する。

一、破産手続の基本理念は、破産者の財産の散逸防止、充実、取戻、債権者間の公平と債権者の保護、適正手続による保障にあるとされるが、この債権者間の公平とその保護を実現するためには、同種の権利者を同一に取り扱い、異種の権利者間では、実体法上定められた差異にできる限り近づけるよう取り扱うことが要請されることとなる。また、破産制度の目的は、破産者の破産宣告時に有し、または有すべかりし全財産(破産財団)を確保し、これを換価し、全債権者に対して公平、平等に配当することであるから、破産手続上のすべての制度、法規定はこの目的達成のために認められたものとして、この制度目的のために目的論的に解釈がなされる必要がある。

二、破産管財人の法的地位も、かかる破産制度の目的である破産財団の確保、換価、公平、平等な配分を実現するために認められた法人格者であるから、この目的から目的論的に演繹される破産管財人の法的地位は、純然たる第三者ではなく、このような目的達成のために必要最小限度の範囲内においては第三者として登場するが、必要不可欠でない部門についてはなお破産者と同一の地位に立つものと解さなければならない。このような見地に立てば、破産管財人は破産財団の占有、管理、処分権、訴訟の当事者適格、破産債権の調査、配当などの破産法上の各々破産管財人の特別権限と認められた範囲内においてのみ法人格者第三者であると解すべきである。従つて、動産売買先取特権の実行手続上の債務者としての当事者は、訴訟上の当事者適格者である破産管財人であり、この担保物件者は、破産管財人を債務者として、差押手続をなし得ると解すべきである。

三、さて、動産先取特権は公示のない法定担保物権であり、民事執行法は、動産売買先取特権は債務名義を要せず実行をなし得る旨明定し(同法第一九〇条ないし第一九三条)、この先取特権の行使による実行方法を定めており、この担保権実行のためには、抵当権などの登記の如き公示法は不要となつている。

動産に関する公示は民法第一七八条によつて「引渡」であるが、民法第三一一条、第三二二条の動産売買先取特権の規定にはかかる公示の必要規定は存せず、動産売買先取特権という担保物権は公示(引渡)がなくとも第三者に対抗し得るのである。なお、民事執行法第一九〇条、第一九二条、第一二二条第一項は、動産売買先取特権の実行方法としては、一般の動産に対する強制執行と同様に当該動産の差押をして競売することを定めている。優先権については二重差押禁止のため、差押の競合はないが、差押事件の併合がなされ、(同法第一二五条)また配当要求がなされ(同法第一二三条)場合における優先権の確保を認めており公示(引渡)がなくとも優先権を認める結果となつている。

四、動産売買先取特権は公示を要しない担保物権であるからその実行は動産は動産の場合には民事執行法の定める当該動産の差押、競売であり、物上代位の場合には代位物たる債権の差押、転付命令手続によるのであるから、民法第三〇四条による差押も、担保物権の実行手続としての差押であり、公示方法ではないと解すべきである。動産の売主は差押えなくとも当然に先取特権という法定担保物権を取得しており、売渡動産が存在し、特定し得る限り担保物権の実行方法としてこれを差押競売することができ、破産債権者に対し優先権を主張し得、売渡動産が存しない場合には、当該動産の転借人たる第三債務者が弁済、引渡などして債権の絶対的消滅がない限り破産債権者に対抗し得、これを担保物件の実行方法としての債権の差押をなすことによつて破産債権者に対し優先権を主張し得るものと解されるから、破産法第五四条、第五六条もその適用は排除されるというべきであろう。もつとも、担保物権の実行手続としての差押に公示方法としての効果を付与しようとの解釈論も考えられるが、かかる解釈のために、本来有していた公示不要な担保物権者の権利を喪失させることは妥当ではない。

五、この差押に公示方法としての効果を付与しなければ、第三者の保護を欠くものでないかとの論点に対しては、確かに代位物たる債権を現実に対価を払つて譲受けた譲受人のうち、債務者の信用不安や倒産という現象について全く善意な譲受人は、突如先取特権の物上代位に基づく差押が譲受債権についてなされれば譲受債権は先取特権者に帰属することになつて極めて不利な立場に陥入ることとなり、債権の譲渡性に著しい制限を加える結果となるおそれもあろうが、指名債権の譲渡については、民法第四六六条により一定の制限があり、特に債権者と債務者間の意思によつてその譲渡を禁ずることも可能であり、代位物たる債権も指名債権である以上、同様の制限を蒙るものであるからその債権の譲受についても、先取特権の実行による制限は動産の売買代金債権のような指名債権の属性としてはやむを得ないと考えることは可能である。債務者が信用不安、倒産破産宣告などの事態に陥入つた場合には、第三者保護の必要性は殆どない。特に破産宣告後は、代位物たる債権について保護しなければならない譲受人が生ずることはなくこれを論ずる必要はない。

六、破産宣告後も、動産売買先取特権の行使を容認すれば、破産財団が減少し、破産債権者の利益を害するとの点に関しては、破産制度が、破産宣告時に有し、または有すべかりし全財産を確保、換価、配当する手続である以上、動産売買の先取特権という民法の認める担保物権、破産法上の別除権によつて財団の量が集まらないという結果であつて、破産制度上やむ得ないことであり、却つて動産売買先取特権者(別除権者)の権利を犠牲にして、一般財産債権者を利する弊害を生むとの批判を招くことになる。

また、民法第三〇四条の「払渡又ハ引渡」の意義については、破産宣告に「払渡、引渡」と同一の効果を認めるべきでない。破産制度が債権者間の公平と債権者の保護を理念として、破産宣告時に破産者が現に有し、または有すべかりし全財産(破産財団)を確保し、これをすべて金銭に換価し、破産債権者に平等に配当するために必要不可欠な範囲内において破産管財人の法的地位を制限し、実体法上認められた破産者を取りまく利害関係人の権利に対する影響をできる限り少くすることから目的論的に演繹される破産管財人の法的地位から、また手続法は明文の規定がなければ実体法上明らかな当事者の権利を変更することはできないとの原則から考えれば、破産宣告に代位物たる債権の消滅的効果(「払渡、引渡」と同一の効果)を付与することはできないからである。(今中利昭「破産宣告の動産売買先取特権に基づく物上代位に及ぼす影響」判例タイムズ四二七号三七頁〜四五頁)。

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